このWebサイトに関して

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このWebサイトCoaRaMauseは、Gounbeeeが運営する学びの場です。

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本Webウェブサイト運営の動機

CoaRaMauseでは、以下のような点を考慮しながら教材を制作しています。

  • テクニック、技術を学ぶ目的や動機は「抽象的な考え」であって重要だ

    そのため、抽象的なキーワード、スケッチ、落書きが大事だと考えます。

  • 情報がもたらすことができる「現象」から、学びを誘導することは重要だ

    情報は、単体で存在し得るより、関係性やリンク、繋がりの中で学ぶことができると考えます。そのため、可能な限り、図式、時間軸を使った変化、実際に駆動するアプリケーションをつけることを目指します。

より私的な印象を加えますと、以下の様になります。
もちろん、私的な意見を多く含みますが、運営のモチベーションを説明できる文だと考えます。

  • 情報を扱う際、様々な具現化を試み、扱う者が各自再確認することは重要なことである

     そもそも情報は、現象を観察した結果、あるいは身体的に経験した結果を比較、組み合わせ、精製されたものだと考えます。だからこそ、逆の動き、つまり情報を元に現象を起こし、再び身体的な刺激に還元することが必要だと思います。その結果、情報が持つ意味は再確認、再定義され、幅が広がる、または狭まるなどの「更新」が行われるものと認識します。

     このように、精製された存在である情報から、もう一度具現化の過程を経て人間と関わること、それを、情報の立場から見ると、情報に「感覚情報を誘発される装置が付加された状態」が見えてきます。私はその状態の情報を「情報体」と称したいと考えます。

これまで述べた目的意識には、以下のような問題意識があります。

  • 情報化社会は、非身体化を意味するものではない

     情報化、情報化社会というワードが持つ意味の中に、工業の様な第二次産業に次ぐ産業という意味で、肉体的な労働から遠ざかるものだという認識があるとすれば、それは間違った認識だと考えます。情報化社会では、繊細な身体的行為に関しても、ますます情報として扱う必要性が生じているものの、この先、我々が身体を捨てて情報の海に飛び込むようなイメージでは説明不足と感じます。

  • 情報化の象徴であるデジタルデータを扱う技術は、非身体的な労働ではない

     デジタルなエンターテインメント業界と、メディアアートと呼ばれる領域の学校で学生さんと向き合いながら、どうやら、デジタル的技法を扱うことは、スイッチ的に起動でき、機能するべきものという認識があると感じました。デジタルが持つ印象からでしょうか。会社だと「たかがデータの直しだしすぐ出来る」という言動の下に敷かれている認識でしょうか。デジタルな媒体は、自然現象をデジタル的に定着させるという果てしない工夫の中で成し遂げられた技術だと、勉強をすればするほど感じます。

     したがって、キーボードを打つことは、信号を調整する作業でしかなく、必ず、その調整がもたらす新しい感覚や結果に対し、吟味し検証する作業を誰しもが行うべきだと感じます。身体的行為を重視するならば、実際作業を行った作業者から、その過程を踏む必要性があるでしょう。

     更に、吟味し検証する作業は、一般的に上司とされる監督者が、基本的に認めて上げるべき過程であり、出来るものなら監督者自身も身体的実践を行えると尚ベストだという意識が必要です。全員が同じ実践を行えないのは、それこそ身体的限界からくるものであり、だからと言って監督という作業が非身体的で良いということはあり得ないということです。結果、産業全体の動く速度が少し遅くなるとすれば、それはそもそも必要な工程だという意識から、そうなることが健康的と考えます。

  • だとすれば、まずWebサイトが目指すべき姿は、文章から空間になることではないか

     インターネットは、私にとってとても重要な空間でした。まだ、今のような常時接続がされていない時期、電話回線を使用し外国のホームページを見てワクワクしていました。その時は、ただの読めない文字なのに、違う国に旅行に行った感覚を味わっていたことを今でも覚えています。

     現代は、個人個人の日常生活が記されたタイムラインまで、リアルタイムに触れることができる時代です。なのにもかかわらず、個人的にはあの時のワクワクした感覚、本当に未知の状態と向き合った感覚が少なくなった気がします。もちろん些細なことかも知れませんが、私個人としては、Webサイトを通じて情報を得る際、文章として感じるものとしては最適化されてきたが、より身体的に感じれる空間には未だ至ってないからなのではないか、そう考えています。

     空間と文章の媒体としての差は、インタフェースとしての多様性だと考えます。すなわち、空間の中では視線のみでなく、物体の移動、ぶつかり合いが生じます。情報の表示が、より直接的に現象を起こすような状態を獲得するため、本Webサイトでは、最初に述べた様々な手段を使う必要性があると思いました。

以上、このWebサイトを作る際のモチベーションとなった考えを述べました。文の途中にもありましたが、個人としての考えであることを重ねて記します。個人的に、健全な社会や集団は、個人ができる限り明確に個人の考えを表現できた状態、その状態が重なって成るものと考えます。

それでは、ここに載せる情報が、何かに役に立つ事を願って、これからも頑張っていこうと思います。


2023年 夏